先に結論を言います。教員が「辞めたい」と思うのは、あなたが弱いからでも甘えているからでもありません。多くは、あなた個人ではどうにもできない「構造」の問題です。私は高校から小学校に異動し、その3ヶ月後、29歳で公立教師を退職しました。残業は月200時間、毎日12時間労働。土日も部活でつぶれ、心が休まる暇がありませんでした。辞める前には9ヶ月間休職し、診断は適応障害でした。この記事では、私が実際に「辞めたい」と感じた理由を、ランキング形式で正直に並べていきます。理由が言葉になれば、次に進む道が見えてきます。同じ道を通った先輩として、上から目線にならずにお話しします。
辞めたい理由は「甘え」ではなく「構造」の問題
ランキングに入る前に、どうしても最初に伝えておきたいことがあります。それは、「辞めたい」という気持ちを、自分を責める材料にしないでほしいということです。
私は教師時代、ずっと自分を責めていました。眠れないのも、朝起きられないのも、子どもを感情で怒鳴ってしまったのも、全部「自分の力量が足りないせいだ」と思い込んでいたのです。でも今、外から教育現場を眺めてみると、はっきり分かります。あれは個人の努力でどうにかできる範囲を、とっくに超えていました。残業が月200時間る働き方を、根性や愛情でカバーしろというほうが、そもそも無理な話なのです。
「辞めたい」という言葉が出てくるとき、その裏にはたいてい複数の理由が絡み合っています。長時間労働、部活、保護者対応、人間関係、評価のなさ、将来への不安。どれか1つだけが原因ということは、ほとんどありません。だからこそ、自分が何にいちばん苦しんでいるのかを、いったん切り分けて言葉にしてみることが大切です。
私自身、辞めたいと思っていた頃は、頭の中がぐちゃぐちゃでした。何がつらいのか自分でも分からず、ただ漠然と「もう無理だ」とだけ感じていた。その「もう無理だ」を、ひとつずつ解きほぐしていったのが、これから紹介するランキングです。あなたの「もう無理だ」の中身を見つける手がかりにしてください。
もう1つ、先に伝えておきたいことがあります。もし今、夜眠れない、朝起き上がれない、休みの日も仕事のことが頭から離れない、そんな状態が続いているなら、この記事を読むより先に、まず休んでください。私は医師ではありませんから診断はできませんが、自分の経験から言えるのは、心と体が出しているサインを無視し続けると、取り返しがつかなくなることがある、ということです。心療内科や精神科を受診すること、職場の休職制度を使うこと、つらさが大きいときには「いのちの電話」などの相談窓口に電話してみること。そうした選択肢が、あなたにはあります。辞めるかどうかを考えるのは、まず心と体が少し回復してからで、十分に間に合います。
第1位 長時間労働と「残業ありき」の文化
私が辞めたいと感じた理由の中で、もっとも根が深かったのが、この長時間労働と、それを当たり前とする職場の空気です。
私の場合、残業は月200時間ていました。毎日12時間労働。部活動があるので土日もありません。心が休まる暇が、文字どおり1秒もなかったのです。高校に勤めていた初年度、1年で休めたのはたった10日ほどでした。40度の熱が1週間続いたときでさえ、休むことができませんでした。今思い出しても、よくあれで体が壊れなかったと思います。いや、実際にはじわじわと壊れていたのでしょう。
体だけではありません。ある朝、車を運転して学校へ向かっている途中、自分でも理由がよく分からないまま、涙がポロポロと出てきたことがあります。悲しい出来事があったわけでもないのに、勝手に涙が流れる。あのときの自分は、限界を超えていることに、自分自身では気づいていなかったのだと思います。
長時間労働そのものもつらいのですが、私がもっとも違和感を覚えたのは、「残業して当たり前」という文化のほうでした。効率よく早く帰ろうとすると、なんとなく後ろめたい。みんなが遅くまで残っているから、自分だけ先に帰るのは気が引ける。仕事の量が多いから残業しているというより、残業すること自体が前提として組み込まれているように感じたのです。
これは個人の頑張りで解決できる問題ではありません。一人が早く帰っても、業務の総量も人員配置も変わらないからです。だからこそ、長時間労働を理由に辞めたいと思うことは、まったく甘えではないと断言できます。あなたが感じている疲れは、あなたの心が弱いから生まれたものではなく、構造が生み出した疲れです。
現役の今、できることがあるとすれば、まずは自分の労働時間を客観的に記録してみることです。何時に出勤して、何時に退勤しているのか。部活で土日がどれだけ消えているのか。数字にして眺めると、自分の働き方が異常なのか、なんとか許容できる範囲なのかが見えてきます。私の場合は「月200時間超」という数字を後から振り返って、ようやく「これは続けられるものではなかった」と納得できました。自分を責める前に、まず事実を眺めてみてほしいのです。
第2位 部活動という終わりのない負担
長時間労働とも重なりますが、独立した理由として挙げたいのが部活動です。私にとって、土日が消えた最大の原因がこれでした。
部活動は、平日の放課後だけでは終わりません。土曜も日曜も、練習や試合の引率で出ていくことになります。私は土日もなく働いていたと書きましたが、その大きな部分が部活でした。教員になるとき、多くの人は授業をして子どもに教えることをイメージして入ってくると思います。少なくとも私はそうでした。けれど実際にふたを開けてみると、休日のかなりの時間が、部活動の指導や引率に費やされていきます。
つらいのは、部活には明確な「終わり」がないことです。授業なら時間割という区切りがあります。テストの採点も、終わりが見えます。でも部活は、生徒の熱量や保護者の期待、対外試合の予定によって、どこまでも膨らんでいきます。やればやるほど評価されるわけでもないのに、やらないと無責任だと思われそうで、断れない。この「終わりのなさ」と「断りにくさ」が、教員の休日を静かに奪っていきます。
私が朝、運転中に涙が出てきたあの時期も、頭のどこかには常に「週末も部活がある」という事実がありました。平日働き続けて、ようやく来る週末にも休めない。そうなると、心と体を回復させるタイミングが、1週間のどこにも存在しなくなります。回復しないまま次の月曜が来て、また次の週末も部活でつぶれる。この終わらないループが、人を確実にすり減らしていきます。
部活が好きで、生きがいにしている先生もいるでしょう。それはそれで素晴らしいことだと思います。でも、もしあなたが部活を負担に感じているなら、その感覚を「自分の熱意が足りないせいだ」と思わないでください。休日を返上して、ほとんど無償に近い形で指導を続ける仕組みのほうに、無理があるのです。これも、あなた個人の問題ではなく、構造の問題です。
第3位 保護者対応と「学級崩壊の引き継ぎ」
3つ目は、保護者からのプレッシャーと、学級崩壊した状態のクラスを引き継いだ経験です。これは特に、私が小学校に移ってからの3ヶ月で痛感しました。
私が受け持った学年は、前年度から学級崩壊している状態でした。つまり、すでに崩れてしまった教室を、引き継ぐ形になったのです。崩壊したクラスを立て直すのは、ゼロからクラスを作るよりも、はるかにエネルギーがいります。子どもたちの中には大人への不信感がすでにあり、こちらが何をしても、最初は警戒されます。
そして、その状態に追い打ちをかけたのが、保護者の冷たい目でした。学級が崩れていた事実を保護者は知っていますから、新しく入った担任である私に対しても、最初から信頼がない状態でのスタートです。日々、保護者からのプレッシャーを感じていました。何か問題が起これば、それは引き継いだ私の責任になる。前年度からの積み重ねは、引き継いだ瞬間に、全部こちらの背中に乗ってきます。
この時期、私は朝起きられなくなりました。そして、子どもを感情で怒鳴ってしまったこともあります。これは今でも申し訳なく思っていることです。でも当時の私は、心も体も限界で、自分をコントロールする余裕が残っていませんでした。怒鳴ってしまった自分を責め、責めることでさらに消耗する。完全な悪循環でした。
保護者対応がつらいというのも、決して甘えではありません。教員は保護者を選べませんし、引き継ぐクラスの状態も選べません。それでも結果の責任だけは、担任個人に集まってきます。この「選べないのに責任は負わされる」という非対称性が、保護者対応を苦しいものにしています。
もしあなたが今、保護者対応や荒れた学級で消耗しているなら、ひとりで抱え込まないでほしいと思います。学年主任や管理職に状況を共有し、やりとりの記録を残しておくことが、自分を守る最低限の備えになります。私はそれが十分にできないまま潰れてしまったので、なおさらそう思います。誰かに状況を話すことは、弱さでも告げ口でもありません。
第4位 同僚と価値観が合わないつらさ
4つ目は、人間関係です。いじめられたわけでも、特定の誰かと衝突したわけでもありません。もっと静かで、じわじわくる種類のつらさです。
私が感じていたのは、同僚と心から仲良くなれないという孤独でした。その根っこにあったのが、「なぜ残業ありきで仕事をしているのか」という、私の側の違和感です。第1位で書いた「残業して当たり前」という文化を、周りの先生たちは当然のものとして受け入れているように見えました。私はそこに、どうしても馴染めなかったのです。
仕事のやり方や時間に対する考え方が違うと、表面的には合わせられても、心の奥では距離ができます。職場で本音を言えない、価値観を共有できる相手がいない。これは、毎日長い時間を過ごす場所では、想像以上にこたえます。授業や子どものことで悩んでも、心から相談できる同僚がいなければ、悩みはひとりで抱えるしかありません。
誤解してほしくないのは、同僚が悪い人たちだったという話ではない、ということです。みんなそれぞれ、その環境の中で必死にやっていました。ただ、私とは大事にしているものが違っただけです。価値観が合わないというのは、どちらかが正しくてどちらかが間違っている、という問題ではありません。だからこそ解決が難しく、しんどいのです。
人間関係が理由で辞めたいと思うことに、引け目を感じる人は多いと思います。「人間関係くらいで」と、自分を責めてしまう。でも、1日の大半を過ごす職場で、価値観を共有できる人がひとりもいない状況は、心の健康にじわじわと効いてきます。これも立派な、正当な理由です。
正直にお伝えしておきたいことがあります。私には、一緒に教員を辞めて起業した友人がいます。その友人は、独立したあとにメンタルがしんどくなって、3ヶ月ほどで離れていきました。人間関係や環境のしんどさは、教員を辞めれば全部きれいに消える、という単純なものではない。だからこそ、辞める前に、自分が何にいちばん消耗しているのかを見極めることが大事なのだと、私は思っています。
第5位 頑張っても評価されない「頑張り損」
5つ目は、私個人として、特に納得できなかった理由です。それは、どれだけ頑張っても評価されず、そもそも評価する尺度すら存在しないという問題でした。
私は手を抜いていたわけではありません。研究授業も人一倍やりましたし、本も人より読んで勉強しました。よりよい授業をしたい、よりよい教師になりたいと、自分なりに努力を重ねていたつもりです。でも、その努力が報われている実感が、まったく持てませんでした。
問題は「評価が低かった」ことではなく、「評価される尺度がそもそもない」ことでした。たとえば営業職なら、売上という分かりやすい数字があります。けれど教員の仕事は、何をもって「よくやった」とするのかが、極めてあいまいです。研究授業を頑張った人も、最低限のことしかしない人も、表向きの待遇はそう変わりません。むしろ熱心にやればやるほど仕事が増え、断らない人のところに業務が集まってきます。
私はこれを「頑張り損」だと感じていました。頑張っても報われず、頑張らないほうが消耗しないなら、頑張る意味はどこにあるのか。真面目に努力する人ほど、この虚しさに苦しむのではないかと思います。やりがいだけで何年も走り続けるには、人間の燃料には限りがあります。
もちろん、子どもの成長そのものが報酬だ、という考え方もあります。それは本当に尊い価値観だと思います。でも、子どもの成長は教員ひとりの努力だけで決まるものではありませんし、すぐに目に見える形で返ってくるわけでもありません。日々の膨大な労働の対価として、それだけを支えにし続けるのは、私にはできませんでした。
頑張っても評価されない環境にいると、自分の努力が無意味に思えてきます。そして、その無意味感は、ゆっくりと「自分には価値がない」という感覚にすり替わっていきます。もしあなたが今、そんなふうに感じているなら、立ち止まってほしいのです。あなたの努力に価値がないのではありません。価値を測る物差しが、その組織になかっただけなのです。
第6位 漠然とした、けれど消えない将来不安
ランキングの最後は、将来への不安です。これは辞めたい理由であると同時に、辞めることをためらわせる理由でもありました。
教員という仕事には、安定と社会的信用があります。私が「辞めたい」となかなか言い出せなかった一番の理由も、まさにこれでした。今の地位、つまり安定や社会的信用を捨てることが怖かったのです。だから私は「辞めたい」を、いつも冗談っぽく口にしていました。本気で言葉にしてしまうのが、怖かったからです。
安定した職を手放したら、この先どうやって生きていくのか。収入は得られるのか。世間からどう見られるのか。こうした漠然とした不安が、辞めるという選択にブレーキをかけ続けました。一方で、心と体が限界に近づくにつれ、「このまま定年まで、本当にこの働き方を続けられるのか」という、別の種類の将来不安も膨らんでいきました。続けても不安、辞めても不安。この板挟みが、本当に苦しいところです。
正直に言うと、将来不安は、辞めた今でもずっとあります。私が暮らしているのは人口3万人未満の地方です。少子高齢化も進んでいますし、地震のリスクもあります。だから、不安がゼロになることはありません。実際、私が今いちばん大変だと感じているのは、教員時代にはあった「安心感」がないことです。常に不安との戦いです。
ただ、ここで強調しておきたいことがあります。辞めたあと、私は社会的な肩書きというものが、どうでもよくなりました。あれほど手放すのが怖かった社会的信用が、いざ手放してみると、自分の人生の本質とは、あまり関係なかったと気づいたのです。不安は残りましたが、その不安の質は変わりました。組織に縛られた不安から、自分でコントロールできる不安に変わったのです。
将来不安を理由に辞めるのをためらうのは、とても自然なことです。私もそうでした。ただ、その不安を直視して、辞めたあとに何が起こりうるかを具体的に書き出してみると、漠然とした恐怖が少し小さくなります。不安は、正体が分からないときが、いちばん大きく感じるものだからです。
理由を整理したら「辞めた後」に備える
ここまで6つの理由を並べてきました。長時間労働、部活、保護者対応と学級崩壊、価値観の合わない人間関係、評価されない頑張り損、そして将来不安。あなたの「もう無理だ」の中身は、どれに近かったでしょうか。
ここで大事なのは、これからお話しする準備の話は、すべて「辞めると決めた後」の文脈だということです。現役の教員は副業が原則として禁止されています。ですから、今すぐ何か収入源を作りなさい、という話ではありません。あくまで、辞めるという決断をしたあと、そして実際に辞めたあとに、私が何をしたかという記録として読んでください。
私が辞めるにあたって、まず最優先で取り組んだのは、生活防衛費の確保でした。具体的には、貯金500万円を生活費の備えとして確保しました。実家暮らしという恵まれた条件はありましたが、それでも、いきなり辞めるのではなく、生活していけるだけの備えを作ることを最優先にしました。一般論として、辞めたあと数ヶ月から1年ほど無収入でも暮らせるだけのお金を用意しておくと、心の余裕がまるで違います。
収入の準備としては、簿記2級を取りました。WEBライターやレザークラフトで稼ぐ一歩手前まで進め、家庭教師のボランティアもしました。正直に言えば、失敗した副業もあります。YouTubeとブログは、私の場合はうまくいきませんでした。そして辞めたあとは、収入源を一気に多様化させました。塾、WEBライター、レザークラフト、非常勤講師というように、複数の柱を持つようにしたのです。
1つの収入源に頼らないこの形は、教員時代の「全部を1つの職場に預ける」状態とは正反対です。どれか1つが不調でも、ほかで支えられる。これが、退職後の不安と付き合っていくための、私なりの工夫です。
なお、もし職場との関係がこじれて退職を切り出せない、という場合、退職代行という選択肢を耳にすることがあるかもしれません。利用を検討するなら、弁護士、または労働組合が運営している、合法な業者に限ることを強くおすすめします。ここは慎重に選んでください。
理由が言葉になれば、次が見えてくる
最後に、いちばん伝えたいことを書きます。
私は退職した初年度から、教師時代と同じくらいの収入を稼ぐことができました。これは私が特別優秀だったからではなく、教員を辞めても仕事は無数にある、ということの一例にすぎません。起業も転職も、選択肢は思っているよりずっと広いのです。教員を辞めて私が痛感したのは、自分はかなり狭い世界で悩んでいたということでした。あの教室と職員室の中だけが世界のすべてだと、いつのまにか思い込んでいたのです。
辞めたことを後悔しているかと聞かれたら、私は「全てよかった」と答えます。特に、自分のしたいように生きられている。時間も、健康も、人間関係も、お金も、すべてが自分のコントロールの下にあるという感覚があります。もちろん、安心感がないという正直な大変さはあります。だから私は、投資を早くから始めて、経済的に自立した状態を目指しています。自分で未来を切り開いていくのはしんどい。でも、そのしんどさの先にあるやりがいと自由と充実感は、教員時代とは桁が違います。
あなたに今すぐ「辞めましょう」と言うつもりはありません。辞めるかどうかは、あなた自身が決めることです。ただ、ひとつだけお願いがあります。自分が何に苦しんでいるのかを、言葉にしてみてください。長時間労働なのか、部活なのか、保護者対応なのか、人間関係なのか、評価のなさなのか、将来不安なのか。理由がぼんやりしたままだと、人はただ消耗し続けてしまいます。
理由が言葉になれば、対処の方向が見えてきます。労働時間の問題なら異動や働き方の見直し、人間関係なら環境を変えること、心と体の限界なら休職や受診というように、打ち手が具体的になるのです。私は理由を言葉にするのが遅れて、限界まで自分を追い込んでしまいました。だからこそ、あなたには早めに立ち止まってほしいのです。
もし今、夜眠れない、朝起き上がれない、休みの日も仕事のことが頭から離れない。そんな状態が続いているなら、辞めるかどうかを考えるより前に、まず休んでください。職場の休職制度を使うことも、心療内科や精神科を受診することも、決して恥ずかしいことではありません。つらさが大きいときには、「いのちの電話」などの相談窓口もあります。私自身、辞める前に適応障害で9ヶ月休職しました。あのとき立ち止まれた時間があったから、今があると思っています。
平均以上の収入や社会的信用を手放すのは、確かに怖いことです。私もそうでした。でも、いちばん大事にすべきは、あなた自身の心と体、そして、あなたを大事にしてくれる人に使う時間です。辞めても、なんとかなります。狭い世界の外には、想像しているよりもずっと広い景色が広がっています。理由を言葉にすることが、その景色への最初の一歩です。
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そして、辞める前の準備を一枚にまとめた「教師を辞める前の準備チェックリスト」(無料・PDF)もどうぞ。一つずつでかまいません。


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