教師を辞めたい人へ|元公立教師が「辞める前」にやっておいてよかったこと

教師を辞める前にやっておいてよかったこと 教師を辞めた話

先に結論からお伝えします。僕は29歳で公立学校の教師を辞めて、今は心から「辞めてよかった」と思っています。ただ、誰にでも「すぐ辞めましょう」と言うつもりはありません。準備がまったくないまま飛び出す退職だけは、はっきりおすすめしないからです。

この記事は、毎日が限界で「教師を辞めたい」「教員 退職 準備」と検索してしまうあなたに向けて書きました。辞めた人間が、辞める前に何をやっておいてよかったのか、逆に何が甘かったのかを、きれいごと抜きで全部お話しします。読み終えるころには、「今すぐ辞めるべきか」「もう少し準備してからにするべきか」を、自分の言葉で判断できるようになっているはずです。安易に背中を押すことも、無責任に引き留めることもしません。あくまで、実際に辞めた一人の人間の実例として読んでください。

なぜ僕は29歳で公立教師を辞めたのか

辞めた理由を一言でいうと、何かひとつの大事件ではなく「心が休まる時間がゼロになった」という積み重ねでした。これだという決定打を探していた時期もありましたが、振り返ると、毎日少しずつ削られていった結果としか言いようがありません。だからこそ、はっきりした原因が見つからないまま「もう無理だ」とだけ感じている人の気持ちも、痛いほどわかります。

いちばんわかりやすい数字でいえば、残業が月に200時間ありました。部活動で土日もつぶれ、平日も毎日12時間ほど働く生活が続きます。授業の準備や校務だけでなく、休みの日まで部活で埋まっていくので、自分の時間という感覚そのものが消えていきました。体が疲れているのはまだ耐えられても、心が休まる瞬間がまったくないことが、本当にこたえました。眠っても回復しない、休みの日が来ても気が晴れない。その状態が続くと、人はだんだん自分の感情に鈍くなっていきます。

途中で、高校から小学校へ異動になりました。環境が変われば少しは楽になるかもしれない。そう期待した部分も正直ありました。けれども結果は、異動して3ヶ月で退職という選択でした。場所が変わっても、土日出勤も、毎日12時間という働き方も、何ひとつ変わらなかったからです。むしろ、ここまで環境を変えてもダメなら、これは特定の職場の問題ではないのだと気づいてしまいました。

この異動は、僕にとって大きな分かれ目でした。多くの先生が「次の異動で楽になるはず」と自分を励ましながら踏ん張っていると思います。僕もそうでした。けれども、実際に環境が変わっても何も変わらなかったとき、これは自分の人生の使い方そのものを変えないと終わらないのだと、ようやく腹をくくれたのです。期待していた変化が起きなかったことが、皮肉にも僕を前に進ませてくれました。

辞める前にやっておくべき準備

結論からいうと、退職の不安の大半は「お金」と「次の稼ぎ方」に集約されます。だから僕は、感情的に飛び出すのではなく、辞める前に「お金の余白」と「潰しのきくスキル」を先に用意しました。ここがこの記事の核なので、僕が実際にやった準備を、やった順番どおりに正直に書きます。逆にいえば、この準備さえ整っていれば、退職の不安はかなりの部分が消えるということでもあります。

まず最初に、貯金(生活防衛費)を確保した

いちばん最初にやったのは、とにかく貯金です。最終的に500万円ほどを貯めました。なぜ最優先だったかというと、辞めた直後にいちばん人を不安にさせるのは、収入が止まることそのものではなく「貯金が減っていく感覚」だと考えたからです。次の稼ぎが軌道に乗るまでの時間を、お金で買うイメージでした。お金の余白は、そのまま心の余白になります。

僕の場合は実家暮らしだったので、住居費の面で恵まれていたのは事実です。そこは差し引いて読んでいただきたいところです。それでも、貯金がじりじりと目減りしていく時期は精神的にしんどいものでした。毎月口座の数字が減るのを見るたびに、心がざわつきます。だからこそ、もし今のあなたに貯金がほとんどないなら、辞める前にここだけは時間をかける価値があります。生活防衛費がある状態とない状態では、辞めたあとに見える景色がまったく違います。焦って安い仕事に飛びつかずに済むだけでも、貯金は十分に役目を果たしてくれます。

「潰しのきくスキル」を1つ取った(僕は簿記2級)

次にやったのは、起業しても転職しても役に立つ資格を取ることでした。僕が選んだのは簿記2級です。これを取っておけば、自分で事業をやるなら数字の管理に直結しますし、もし独立がうまくいかなくても、経理職などで再就職という退路を残せると考えました。ひとつの資格で、攻めと守りの両方に効くというのが決め手でした。

ここで大事なのは、資格そのものよりも「いざとなれば戻れる道がある」という安心感です。教師という仕事は、外から見れば安定の象徴です。それを手放すと決めたとき、自分の中に別の足場を1本でも作っておくと、覚悟の質が変わります。背水の陣で挑むより、逃げ道を確保したうえで思い切るほうが、結果的に大胆になれるのです。攻めるための準備というより、安心して攻めるための保険として、潰しのきくスキルを1つ持っておくことを強くおすすめします。あなたの場合は簿記でなくても構いません。自分の進みたい方向に合った、戻れる道になるスキルを選んでください。

副業は「あと一歩で稼げる」ところまで仕込んでおいた

三つ目は、辞めてから一気に立ち上げるのではなく、在職中に副業を「あと一歩で稼げる」ところまで進めておくことでした。具体的には、WEBライターやレザークラフトに取り組み、収入になる手前の段階まで持っていきました。ゼロから始めるのと、助走をつけてあるのとでは、辞めた直後のスピードがまるで違います。退職後は時間こそありますが、心は意外と焦っています。その時期に学びながら立ち上げるのは、思った以上に消耗するのです。

正直に書くと、うまくいかなかった副業もあります。YouTubeやブログにも挑戦しましたが、これらは思うように形になりませんでした。ここをきれいごとで隠すつもりはありません。むしろ、いくつも試して合わないものを早めに見切れたこと自体が準備になりました。在職という安全な環境だったからこそ、失敗しても生活は揺らがず、冷静に手を引けたのです。大切なのは、当たりを引くことよりも、収入が保証されているうちに「自分に何が向いていて、何が向いていないか」を試しておくことだと思います。失敗の経験すら、辞める前なら立派な財産になります。

稼ぎ口を「ひとつに頼らない」下地を作った

四つ目は、収入の柱をひとつに絞らない準備です。僕はもともと、大学時代に塾講師のアルバイトを経験していましたし、退職前にはボランティアで家庭教師もしていました。教えることが自分の軸になるという手応えを、辞める前に小さく確かめておいたわけです。いきなり本番で試すのではなく、リスクのない形で予行演習をしておいた感覚に近いかもしれません。

そして実際に辞めてからは、塾の運営を中心に、WEBライター、レザークラフト、非常勤講師を並行して動かしました。ひとつの収入が不調でも、別の柱が支えてくれる状態を意識的に作ったのです。独立というと一点突破のイメージが強いかもしれませんが、地方で長く続けるなら、複数の小さな柱を組み合わせるほうが現実的で、心も安定します。どれかが落ち込んでも全体は倒れない、という安心感は、一本足で立つ怖さを知っている人ほど効いてきます。この多様化の下地を辞める前から準備できていたことは、本当にやってよかったと感じています。準備の段階では地味で遠回りに見えても、辞めたあとに最も効いてくるのが、この複数の柱なのです。

辞めて、実際どうなったか

結論からいえば、収入はすぐに戻りました。けれども、消えない不安と、今でも忘れられない出来事があります。良かったことだけを並べても嘘になるので、両方を正直に書きます。退職後のリアルを知ることは、あなたが自分の覚悟を測るうえできっと役に立つはずです。

お金の面では、ありがたいことに初年度から教師時代と同じくらいの収入を得ることができました。だから「収入が落ちて苦しい」という、よくある退職後のイメージは、僕に関してはあてはまりませんでした。もちろん準備があってのことですが、辞めたら即貧乏になる、と決めつける必要はないということです。社会的な肩書きがなくなることも、自分にとってはどうでもよいことでした。先生と呼ばれなくなって困ったと感じたことは、一度もありません。肩書きは、思っているほど自分を支えてはくれなかったのです。

一方で、将来の不安は今もずっと抱えています。少子高齢化で子どもの数は減り続けますし、僕が拠点にしているのは人口が3万人に満たない地域です。さらに地震のリスクもあり、もし大きな災害が起きたとき、この町が元どおりに復興できるのかという不安は、正直に言って消えません。独立は自由ですが、その自由の裏側で、こうした問いと一生つき合っていく覚悟が要ります。安定を手放すというのは、こういう不安を自分で引き受けるということでもあるのです。

もうひとつ、正直に書いておきたいことがあります。身近な人が、退職そのものには賛成してくれても、その先の選択にまでは賛成してくれるとは限らない、ということです。僕の場合も、心身が限界だったので教員を辞めること自体は理解してもらえましたが、地元で塾を開くという決断には反対の声もありました。再就職して別の場所で暮らす道も検討しましたが、最終的には自分の意志で地元での開業を選びました。大切な人の意見と自分の決断がぶつかることは、独立にはついてまわります。だからこそ、丁寧に話し、時間をかけて理解を得ていく姿勢が要ります。

そして、いちばんこたえた出来事があります。僕と同じ時期に教員を辞めて起業した友人が、独立から3ヶ月ほどでメンタルがしんどくなり、その道を離れてしまったことです。彼を責める気持ちはまったくありません。むしろ、辞めるという選択そのものがどれだけ重いか、そして準備と覚悟がいかに人を守るかを、いちばん近くで思い知らされた出来事でした。同じように現場で消耗していた仲間でも、その後の道は大きく分かれます。辞めれば全部うまくいく、という話では決してないのです。この事実を抜きにして、無責任に背中を押すことは、僕にはできません。

それでも、あなたは辞めるべきか

僕の答えはこうです。準備と覚悟があるなら、辞めてもなんとかなります。けれども、そのどちらも今はないと感じるなら、まずは準備から始めるべきです。先ほどの友人の話があるからこそ、僕はこの順番を強くお伝えしたいのです。順番を逆にして、勢いだけで飛び出してしまうのが、いちばん危ういパターンだと考えています。

ただし、ひとつだけ例外があります。眠れない、朝起きられないなど、心と体がすでに限界のサインを出しているなら、準備よりも先に、休むことを考えてください。僕自身、辞める前に9ヶ月の休職期間を取り、心と体を立て直す時間にあてました。休むこともまた、立派な準備のひとつです。

そのうえで、辞めてから「これはやっておいて本当に正解だった」と感じていることを、ひとつだけ付け加えます。それは、地域の中心になっている人たちと数多くつながり、口コミで広めてもらったことです。どんなに良い仕事をしても、まず存在を知ってもらえなければ、地方では集客が成り立ちません。技術や情熱があっても、知られていなければ無いのと同じなのです。だから僕は、意識して地域の集まりに顔を出し、人とのつながりを少しずつ増やしていきました。最初は気おくれもありましたが、回数を重ねるうちに、僕という人間を覚えてもらえるようになっていきました。

独立の準備というと資格やお金の話になりがちですが、最後にものを言うのは人とのつながりだった、というのが、やってみての実感です。逆に言えば、人とつながるのが極端に苦手で、その努力もしたくないという場合は、独立よりも転職という道のほうが合うかもしれません。これは優劣の問題ではなく、向き不向きの問題です。自分がどちらのタイプなのかを、辞める前に一度ちゃんと考えてみてください。自分に合わない戦い方を選んでしまうと、せっかくの覚悟も空回りしてしまいます。

まとめ 辞めても、なんとかなる

最後に、現役のころの自分にいちばん言いたかったことを書きます。教師を辞めてみていちばん感じるのは、自分はかなり狭い世界の中だけで悩んでいたのだな、ということです。毎日が学校と家の往復で、視野がどんどん狭くなっていたのだと、外に出てから気づきました。平均以上の収入があり、社会的な信用もある。それを手放すのは確かに不安です。でも、その安定と引き換えに、心と体をすり減らし続ける必要は本当にあるのでしょうか。

僕は、自分の心と体、そして自分を大事にしてくれる人のためにこそ、時間を使うべきだと思っています。学校の外には、想像しているよりずっと多くの仕事があります。起業でもいいし、転職でもいい。道はひとつではありません。自分で自分の未来を切り開くのは、正直に言ってしんどいです。それでも、そこで得られるやりがいと自由と充実感は、これまでとは桁違いでした。朝起きたときの気持ちが、まるで違うのです。だから、準備さえ整えれば、辞めてもなんとかなります。声を大にして言いたいです。辞めてもなんとかなる、と。

辞める前に仕込んでおいた副業の中身は、別の記事で詳しくお話しします。WEBライターやレザークラフトを在職中にどこまで進めておいたのか、何が稼ぎにつながり、何が失敗だったのか。退職準備のいちばん現実的な部分を、続けてお話しします。今まさに準備を始めようとしているあなたの、次の一歩のヒントになればうれしいです。

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